ベッカーマンの歩み



農家で詩人でもあったピーター・ロゼッガーは消えてしまったかまどの火を再び燃やそうとする時、まして薪が湿っていたら、どれほどの困難を伴うかを愉快に記述しています。時代が移りかわり、かまどはキッチンへと変わっていきましたが、それ以降もかまどは長い間家の中心にありました。

近代的なキッチンの歴史は、家具職人ハインリッヒ・ベッカーマンが企業を立ち上げた時と大体同じ頃に始まりました。自然科学・技術工学における数多くの発明は、ドイツを含むヨーロッパ諸国を農業国から工業国への過渡期の引き金となり、各地に都市圏を形成していくきっかけとなったのです。

テーブル・椅子・ソファーやレースカーテン等の組み合わされたキッチン・リビングは、絶えず変化し続ける時代のイメージに当てはまっていかなくなってきています。この見解は、キッチンだけでなく生活のあらゆる面にも当てはまります。


伝統からの改革

ハインリッヒ・ベッカーマンはオルデンバーグのカペルンで教師の息子として生まれ、1896年にこの家業を立ち上げました。1902年に最初の木工機械を購入したことが記録として残っています。帯鋸製材機・ホゾ掘り機などは、まだ手動・チェーン駆動・馬力・巻揚機に頼らなくてはいけませんでした。1904年には当時オットーエンジンと呼ばれた10馬力のガソリンエンジンが購入されました。


機械導入の増加とともに、作業場は家具工場と呼ばれるまでに拡大していきました。工場の動力も第1次世界大戦中に電力へと切り替わり、材料をうまく使いこなす必要性も求められるようになりました。



ベッカーマン社は数十年にわたり無垢材の家具を造り続け、その職人の技能を誇りにしてきましたが、材料の製造工程における発展はものすごい勢いで起ってきました。当時目新しかった合成樹脂製化粧版や合板は市場に旋風を巻き起こしたのです。


会社は、生産の合理化・自動化・電気化また流れ作業への移行により、寝室家具やついにはリビング収納・キッチンユニットを生産する完全な家具工場へと変化していったのです。



1946年ハインリッヒ・ベッカーマンの死後、彼の3人の息子が会社を継いだと同時に2つの生産拠点を作り事業を拡大していきました。第2次世界大戦後の通貨改革でドイツ経済状況も落ち着いてきたので、1962年ウエールに生産子会社を設立し、1976年カナダに海外販売網を拡大していったのです。


1969年スローガンとして"ヨーロッパの女性のためのキッチン"を掲げ、ベッカーマン社はブランド化した商品を売り込んでいきました。当時のスローガンは、最高品質と国際的な成功を象徴していました。80年代に入ると、ベッカーマン社は投資家が参加し始め、同族会社としての性格を失いつつありました。とりわけ輸出部門は、よい取引先が見つかりそれぞれの会社へと独立していきました。カペルンの主力工場は残されましたが、1993年にメレの実業家ヨルゲン・ホーストマンにより買収され、ベッカーマン社は新しい組織と健全な基盤をもって新たに発展へのスタートを踏み出しました。