ドイツキッチンの歴史


キッチンが工業製品として認識されるようになったのは20世紀初頭の頃でした。キッチンの変化の遅れには多くの歴史的な理由がありました。栄華を極めたビスマルク帝国の後に革命が起きたのですが、それ以前の500年間は手工業が最盛期を迎えており、人々は手工業そのものに価値を見出していました。また、産業界にいわゆる"尊敬すべき商人"と呼ばれる新しいタイプの実業家が現れてきたのもこの時代でした。

農業の分野でもすでに長い伝統が農業文化として社会に根着いていましたが、これらの確固たる伝統、文化に対し、新しい産業に従事する労働者たちが彼らの社会的、経済的、そして文化的な要求を主張し始めました。そしてその違いは、社会構造の中で目立つようになってきました。住宅・街づくり・備え付け家具の異なったスタイルは社会情勢をよく反映しています。これらの話はさておき、キッチンに話を戻しましょう。

ドイツ帝国の時代、お金持ちはこぞって別荘を建てました。繁栄している町では、正面に豪華な装飾が施されているウィルヘルミニヤン・スタイルが広まりました。キッチンはたいてい地下室に置かれていましたが、この頃からダイニングに移されるようになり、部屋の大きさに合わせてお好みのキッチン家具がレイアウトされるようになってきました。最も普及したタイプは、居間とキッチンが組み合わさったものでした。これは田舎や小さな町だけではありませんでした。料理用の水、飲料水、洗濯用の水は、近くの泉かポンプからバケツで取ってきました。キッチンは、炉辺、テーブル、椅子、ワックス掛けのテーブルクロスから構成されていました。時代の特質に合った装飾がされ、更に食器棚が必須となり、陶器類を収納する棚として使用されるようになりました。「応接間」は全住空間のうち最もよい場所で大切なお客様を迎える場でもあり家族の祝い事をする場としても大事な所でした。対照的に住まいにおけるキッチンの位置付けは容易に述べることはできませんでした。


一方、大都市や大工業都市では何十万もの人々は、スラム街の小さな住居で多数の家族たちとひしめき合って暮らしていました。そういった人々にとってのキッチンは「穴」という表現が最適でした。キッチン家具については言及する価値もないものでした。それゆえにキッチン家具製造は課された仕事だったのです。

機械時代という大きな波は、伝統様式を打ち破ろうとした製作者たちの間で激しい議論を引き起こすのは避けられないことでありました。彼らは技術の発達が表現に富むフォルムを可能にするだろうと直観的に感じていました。このようにして芸術的に新しいスタイルが世紀を大きく変え始めました。しかし、人々は装飾的なスタイルよりも機能面に目を向けるようになりました。この時初めて人々は家具の機能について言及するようになったのです。また電気やガスといった新エネルギーの使用に伴い、キッチン製造者たちは彼らのコンセプトにこれらのエネルギーを取り入れなければと強く感じ始めました。

しかしながら、新エネルギー導入も第一次世界大戦により中断をせざるを得なくなりました。目に見える形で現れたのはワイマールのバウハウスの設立でした。新しい機能主義が伝統様式を技術によって追い越してしまったのです。機能というものが再びデザインのスタートポイントとなって以来、もはやキッチンという概念は家具の一品目として存在するのではないということが認識されました。キッチン機能の多様性は多くの部品の生産を促し、これがシステムキッチンの発達へと繋がっていきました。人々は機能面について重視するようになり、これがモダンキッチンへの大きな躍進への源となりました。また20世紀には機能的な創意工夫の認識を必要とした数え切れないほどの小さな住宅が建てられました。しかしながら、暖かく心地よい古いキッチンを手放すことができない人々は備え付けキッチンを拒絶し、1927年に世論に訴えました。そのため、改装しようとした人の中には、たとえキッチンメーカーがキッチンや食器棚配列のリフォームに卓越した技術による多くのアイデアを有していることを承知していながらも泣く泣く諦めざるをえませんでした。

1927年に世間から見捨てられたシステムキッチンの復興は、あらゆる階層の人々に大きな関心を引いて1950年代から始まりました。そして再び技術は、備え付けキッチンから1人1人のためにデザインされたキッチンへと形を変え、さらにシンクメーカーとユニットメーカーの協同提携のきっかけとなりました。キッチンの機能(収納・調理・料理・給仕・片付け)の確立には少し時間がかかりましたが、これらはキッチンメーカーの主要な基礎となりました。また、家具やユニットメーカー間の統一された寸法体系の確立は、新しい支持材や合成樹脂製の表面仕上げ材の出現もあり、正確な骨組みを形づくり継ぎ目ない設置を可能にしました。解決された要求の中でも、主婦にとって使い易い作業手順とカウンターの高さは最も重要なものでした。


キッチンメーカーと家電メーカーは、使いやすいキッチンの寸法体系についてよく話し合い、共通のモジュールシステムを作り上げました。メラミンや無垢のオーク製の扉は、80年代に大変人気がありました。キッチンのプランは一直線のI型から分離するようになってきました。個人的なデザインに対する要求が、キャビネットの多様性をもたらしたのです。



90年代には初めて金属箔を張った扉が市場を占め、無垢の扉ではメープルに人気が集まりました。この急速な発達は家具にも影響を与えました。デザイナーたちは、クラッシックスタイルの扉デザインと共に再び色彩を思い切って扉に使い始めました。

人間工学・収納場所・組織・長いサービス期間は、依然として今日のキッチンメーカーにとって重要な側面であり、ベッカーマン社にとっても当然のことであります。よりよい機能を追及することを忘れずに、21世紀における市場の拡大を目指してこれからも新しいご提案ができますよう真摯に取り組んでいきます。ぜひ、私どものキッチンの優れた機能と洗練されたデザインを実感してください!